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2011年10月29日 (土)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~Index

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サハラマラソン完走記の目次です。
ボリュームは結構ありますが、サハラレースを知るきっかけになれば幸いです。

1.なぜサハラ?1
2.なぜサハラ?2
3.なぜサハラ?3
4.サハラまでの道1
5.サハラまでの道2
6.サハラまでの道3
7.Stage0
8.Stage1
9.Stage2
10.Stage3
11.Stage4
12.Stage5 overnight stage
13.Stage6 final run
14.After Party
15.epilog

一緒に走った友人達の完走記です。
しゃなのブログ→SHANA-LOG
小野君のブログ→Keep Challenging

レース中に更新したOfficial Blog→Sahara race 2011 Blog

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-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ epilog

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僕は、153人(完走者123人)中73位でした。
順位はともかく、完走できたことがなによりでした。

走りの素人同然だった僕でも完走できたのは、ソーシャルネットワークを通して経験者や、事務局の近藤さん、そして一緒に走る仲間たちと情報交換が出来たことと、レース中に体調を維持できたことが一番大きかったと思います。3ヶ月のトレーニングでは、重い荷物を背負って長い距離を走ること(スピードは問わず)が、役に立ちました。また、ネットを通して多くの応援があったことは、大きな励みになりました。支えてくれた沢山の方々には、本当に感謝します。一人では、走れませんでした。

ちなみに、大学院の資本政策のクラスの成績はAでした。ほかの科目も成績は結構良かったです。追い込まれたほうが、かえって集中するのかもしれません(勉強会ではほかの院生に迷惑かけてたかもしれませんが。。すいません)

ブログを書いてみるとレース中はだいぶ大変だったんだなと思いますが、今振り返ってみると楽しかったという印象しかありません。
砂漠レースの間は、日が出る前に起き、食って走って、日が落ちたら、また食って寝るという、とてもシンプルな生活でした。
走っている間は無心にゴールを目指し、走り終われば、体のケア、食事、明日の準備で一日は終わります。
今を生きることに精一杯で、未来を案じたり、過去をくよくよしたりする余裕は微塵もありません。仕事など、日常の悩みを思い出すときは、一秒もありませんでした。

そういう意味では、日ごろのストレスから開放されて、砂漠で魂の洗濯をしてきたような感覚です。それが、楽しい印象として残っているんでしょう。

たまに、砂漠に戻りたいとさえ思ってしまいます。

 よく、人から、「砂漠に行って、人生観変わった?」とか、「完走して、得られたことある?」と聞かれます。

変わった部分があるような、ないような。。。

あえて言えば、アドベンチャーレースへの抵抗感が劇的に下がりました。以前は、砂漠レースなんて地獄のようなレースだと思っていましたが、今ではアタカマやゴビも楽しそうで、機会を狙ってまた挑戦したいとまで思えるようになりました。ウルトラマラソンやハセツネのようなトレイルランへの抵抗もなくなりました。そういう意味では、世界は広がったかもしれません。

ランニング以外でも、経験したことがないことへチャレンジすることへの抵抗感も低くなったような気がします。

でも、一番得たものは、砂漠での一週間、一緒に走り、夕食を囲んで語った沢山の友人だと思います。

これからもかけがえのない友人として繋がっていくでしょう。

感謝の気持ちを忘れずに、次のステップを踏み出したいと思います。

さて、次はどんなチャレンジをしようかな。。

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-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ After Party

部屋に戻って、シャワーを浴びると、一週間分の汗で固まった髪の毛がほどけていって、気持ちイー!
と、同時に大量の抜け毛が。。(´・ω・`)

アフターパーティまでちょっと時間があるので、バザールにお出かけ。
日本でいうところのアメ横のような雰囲気で、楽しい。
Bazzar

アフターパーティでは、みんなさっぱりした格好で、女性は髪をブローしておしゃれをして、みんな別人のよう。
ひょこひょこ不自然な歩き方をしているから、サハラランナーだと分かるくらいw

アフターパーティでは、総合一位、性別一位、年齢別一位が表彰されます。また、選手をサポートした人にも功労賞が贈られます。
総合一位は、イケメンのイギリスのDan。2010年のゴビの優勝者でもあります。スピーチもかっこよく、「あんな足の長さになりたい。。。」とは日本人選手団。
そして、総合7位のしゃなが、年齢別(20代)で優勝!
スピーチは、本大会のサポートへのお礼から始まり、TEAM JAPAN、他の選手への感謝、さらに震災の際の世界からのサポートへのお礼を英語で簡潔に述べる素晴らしいものでした。
Shana
 しゃな、さすが決めるときはきっちり決める男。モノはすぐ失くすけど。

喜納ちゃんも、ステージの上に呼ばれてエール。
Kina
大きくなったのう...喜納ちゃん....

アフターパーティで印象に残ったのは、途上国や障害を持って生まれてきた子などへのボランティアやチャリティに関わっている選手、スタッフが多いことでした。RacingThePlanet自体も、障害を持って生まれてきた子のケアに関するNGOをサポートしています。こういうところに集る人たちは、社会問題への問題意識が高いことを感じたのでした。

アフターパーティの後、部屋でテーピングでぐるぐる巻きにしていた左足の親指のケアをしました。
痛い痛いと思っていたら、思ったとおりグロい見た目になっていたので、写真は自粛。。。

ロビーに行くと、日本人選手団と韓国人選手団で、2次会が勝手に始まっていました。
テーブルに山のようにビール缶が置かれ、韓国の筋肉ムキムキ特別警察官、金さんの独演会に。
金さんは、途中でリタイアしたものの、スタッフと一緒にずっと選手をサポートしつづけたということで、功労賞を貰っていました。
金さんは、しんちゃんのことをすごく気に入ったようです。
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「お前は成功する」「お前が好きだ」「韓国に来たら、○○から○○まで全部接待してやる」
の3つをずっと繰り返していました。
二人でユニホームを交換して意気投合。
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最後は、トイレに二人で腕組んでまで行きました。。。ウホ。。。
でも、こういう交流が、砂漠レースの醍醐味ですね。
7日間完走した仲間として、国を超えて、個人として付き合える。
これは素晴らしく楽しかったです。
が、僕は酒と疲労で眠気に耐え切れず、飲み会を早期離脱。。。

次の日は、エジプト博物館で、ミイラとご対面しました。
ピラミッドや数々の遺跡を作った、4000年も前の歴史上の人と対面するのは、不思議な気分です。

そして、帰国。多くの仲間と多くの想い出を作ってくれたエジプト、サハラ砂漠とお別れしたのでした。
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.....ここで終わらないのがアホの精鋭たる我々。
成田に着き、バゲッジクレームについたとたん、「ちべ、お前呼ばれているぞ!」
見れば、一段高い場所から、係員が大声で僕の名前を呼んでいます。
荷物の流れるベルトコンベアーの上には、僕の名前が書いてあるでかでかとしたボードが回転寿司のように回っています。
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でた!エミレーツ名物ロストバゲッジか!
俺、さらし者じゃねえかww

ふとツイッターを見ると、小野の最新ツイートが
「リアルにパスポート紛失した/(^o^)\」
おいおいーーーーーただじゃ終わらせてくれないねーw

結局、僕の名前は集団チェックインのときに代表で使われたもので、実際にロストしたのは、しんちゃんがサハラ砂漠中背負ってたサンドウェッジでした。。
小野は座席の下からパスポートを見つけ、しんちゃんの手続きを終えて、やっと外に出たのでした。
タクシーは、AHO様ご一行をお出迎え。
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そのまま、小野家で開催された、完走会に参加し、見事に酔いつぶれたのでした。ちゃんちゃん。
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2011年10月27日 (木)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ Stage6 Final Run

この日は、(ゴールすれば)一日休息日です。
ちょっと寝ると、すぐ日が昇り、目が覚めました。
日が昇るとすぐ暑くなるのです。。
朝ごはんを日本選手グループでもぐもぐ。
その間にも、まだゴールしてくる選手がいます。これは、南アフリカの選手のゴールシーン。
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彼らは、24時間近く走っていることになります。。。

渡辺さん夫妻は、最初は別々でスタートしていても、最後は夫婦でゴールしていました。
なんか、いいすね。
日本人は、stage2でリタイアした阿部さんを除いて、全てstage5まで完走しました。
すごい!
朝食で、クリスが今村さんのいびきを愚痴っていたことを言いました。
今村さん「あー、そーか、悪かったなぁ」
テントメイトの中村さんは、
「あ、でも、あのテント、他にも何人かいびき凄いの居てますよ。クリス、他の奴の隣に寝てたけど、やっぱいびきがうるさくて寝られないって文句言ってましたよ」
僕「なんだww誰の隣でも寝られないんじゃんww」
しんちゃん「いびき四天王だね」
今村さん「それいいww俺、四天王の一人かwwなんかかっこいい」
クリスの名誉のために補足すると、彼は冗談好きのいい奴で、結構スタッフにも人気でした。
しかも、カンボジアの子供たちのためにチャリティ資金を集めながら走っている志の高いやつなのです。
夜に出来るだけ疲労を回復するのが砂漠レースのキーなので、少々神経質になるのも仕方がないかと。

三州さん「昨日のCP4のあと、砂丘登りがあったじゃないですか。あれ間違って横の斜面を下っちゃいましたよ」

全員「は?まじすか?」

三州さん「スタッフが見つけてくれたので助かりました。いやー、砂丘の斜面は蟻地獄みたいで、もう一回登るの大変でしたよー。」

あの険しくて高い砂丘を一回駆け降りて、改めて登ってくるとはさすがプロレスラー。てか、そのまま行ってたら、リアルミイラだよ三州さん。。。

これは、キャンプ地のトイレ。仕切りがあります。
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朝飯を食べ終わると、やることがなくて暇です。外は、太陽がぎらぎらとしてめちゃくちゃ暑く、日陰で昼寝くらいしかすることがありません。
そこで、近くの湖に行くことにしました。
足が痛くてあまり歩けないため、スタッフの車に交渉して途中まで乗せてもらいました。
湖は冷たくて気持ちよく、超リフレッシュ!
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気分よくして帰ってくると、
「あ、テントメイトが、山本さんの荷物にハエがたかってて何とかしてくれって言ってますよ。」
ありゃ。。。
見ると、捨ててなかったスポーツドリンクや、食べ物の周りに大量のハエが!
昼間は、こんなにハエが発生するのかここは。。。。どっから飛んできてるんだ?
速やかに食べ物やドリンクを捨て、荷物を外に出して太陽に当ててハエが飛んでこないようにしました。
それでも、テントの中には大量のハエがぶんぶん飛んでいます。
まいったねえ。。。

昼間はそれ以上することがなく、足も痛いので、ぐったり昼寝。
夜ご飯。しゃなが、足の爪のマメの話をし、今村さんも爪に穴を開けてマメを処理をした話をする。僕のテーピングした左足の親指も、かなり腫れていて痛い。テーピングをはがすと相当悲惨なことになっていそうで、怖くてはがせない。。
しかし、「早く処理しないと、爪が変形して戻らなくなるよ」というくろちゃん達のアドバイスにより、ホテルに戻ったら速やかに処置をすることに。
夜は、語り部による、サハラ砂漠の歴史の話がありました。
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暗くなると、なんとなくリズミカルな太鼓の音が聞こえてきます。
雇った地元の遊牧民族、ベトウィン人達が、少し離れたところで車座になって音楽を演奏しているのです。
行ってみると、輪になって砂漠レーススタッフも交えて踊っていました。
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踊りが大好きな僕は、飛び込みでジョイン!
楽しいひと時を過ごしたのでした。

その夜は、りゅうざ流星群の前日ということで、流れ星が見られそうなので、夜の3時から外で寝袋で寝ることに。
同じテントの喜納ちゃん、今村さん、中村さん、俺で外に出て寝袋で空を見ました。
月が落ちた後の星空は、それはそれは綺麗でした。たまに、流れ星がしゅーっと尾を引いて流れていきます。
「こんなの、日本じゃ絶対見られないですね」
「ほんとですねー」
そこで、色々な話が盛り上がりました。
今村さんは、大学時代に少林寺拳法で日本一になったあと、脳梗塞で倒れ、その回復過程で体得したことを元に、学習塾を始め、その塾から有名大学合格のみならず、色々な分野で日本一になる人が続出したため、会社の教育の依頼も来て、今は経営コンサルティングを本業にしているという方です。最近は、「掃除道」の確立に力を入れているらしいです。人のネットワークも好奇心もものすごく広く、面白い話をいろいろと聞かせてくれます。
中村さんは、高校野球の名門、明徳義塾高校の野球部から、アメリカにわたってアメリカンリーグでプレイし、その後アメリカの大学を卒業して、今は上海で不動産ファンドの会社に勤めつつ、シンガポールでスポーツマネジメントの会社を運営しているというタフな方です。20代とは思えないくらい落ち着いています。
中村さんも、今村さんも、格闘技をたしなんできたという共通項があり、また様々な経験をしてきたということで、武道、読書から、社会の裏の話まで、多岐にわたって話が盛り上がりました。
喜納ちゃんは、沖縄出身で、大学で東京に来ました。将来は、地元沖縄になんらかの貢献ができる事業をやりたいという夢を持っています。彼は結構クレイジーで、サハラ完走したら、その足でケニアに行って、キリマンジャロに登ってくるとか言っています。
砂漠に来た一番の醍醐味は、こういう個性的な面白い人たちと一緒に走り、語れることだなーと思いました。
正直、もっと英語が上手ければ、もっといろんな人と深く仲良くなれたんだけど。。

まぁ、この朝の語りは、他の日本人選手からうるさかったとクレームが来ましたが。。(^^;)

さて、次の朝、この日は、ついに最後のstageです。
バスでカイロに移動し、クフ王のピラミッドの間を2kmほど走って最後のゴールに向かうことになります。
順位はstage5までで確定し、この日のランは、タイムもとらない、セレモニー的なものになります。
気分はみんな、お祭り気分。「マラソンマン」と「ツバイダーマン」のコスプレ対決。
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同じテントメイトと、ぱちり
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バスでクフ王のピラミッドの場所まで移動します。
ゴールには、冷えたビールとピザが待っていることが説明され、大盛り上がり。
喜納ちゃんの最後のエールもありました。
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最初に男子と女子のトップが走り、次にチームのトップ、そして、その他のスタートです。
「ピッザ!ピッザ!ピッザ!」の掛け声が待ちきれない選手から出ます(笑)
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スタート!
クフ王、カフラー王、メンカウラー王の3大ピラミッドの間を抜けていきます。
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最後のランニングをかみ締め、でも最後の最後に熱中症にならないように水も口に含みながら走りました。
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観光客、らくだにのった地元の人が、声援をくれます。
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発掘された遺跡
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ピラミッド、近くで見るとでかい。
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そして、ゴール!
Tibe
ついに、サハラレース250kmを完走したのでした。
先に日本人選手が大量についているかと思えば...あれ、誰もいない。
どうも、一番乗りだったようです。
他の人は、最後のランをじっくり味わっているみたいだな。。。
しかし、目の前には、大量のピザが!そして冷えたビールが!
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わーい!ぷしゅ!
うんまーーー!!!!

ピザを食べていると、日本人選手がどんどん帰ってきました。
(写真は、Sahara raceのギャラリーより)
みっちーゴール!
Miti
渡辺夫妻ゴール!
Watanabe
しゃなゴール!
Shana
中村さんと諏訪間さんゴール!
Nakamurasuhama
そして、小野としんちゃんゴール!
Onosasasin

感極まって号泣の小野。いろいろな思いがあったんだろうねぇ。。。
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今回の日本人選手は、しゃなの7位を筆頭に小野8位、初出場中村さん26位、同じくくろちゃん27位とかなり健闘しました。

完走した仲間でぱちり!やったぜ!
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ホテルに戻って、さっそくみんなでビールをぷしゅり、乾杯!
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2011年10月25日 (火)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ Stage5 overnight stage

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ついにやってきました、オーバーナイトステージ。このレースの一番の山場です。
いつものように、5時前に起きて、朝ごはんを他の日本選手とmgmg。
すると、カナダ人の選手が近づいてきて、「あの黒い服を着たチアリーダーはいるか?」と尋ねてきました。
喜納ちゃんが応えると、カナダの選手は自分の胸を叩いて、
「お前のチアリーディングはreally encouragingだった。あのチアは、俺のこのサハラレース全ての中で、一番のハイライトだった。本当にありがとう」
と、お礼を言ってくれました。

うおおお!とみんな盛り上がりました。
心からの応援は、言語や文化を超えて、世界に伝わるんだ!
さすが、4年間慶応の応援部で鍛え上げた喜納ちゃん!すげぇ!
このとき、僕はめちゃめちゃ感動しました。
わざわざ礼を言いに来てくれたカナダの選手にも感謝です。

ブリーフィングタイムで、この日のコース詳細を伝えられます。
コース全長は86.5kmで、チェックポイントは8つ。CP5で夕食を食べられるように熱湯を用意してあります。
それまで、それぞれ、ゴビとアタカマのレースの経験のある小野としゃなは、「オーバーナイトステージはカットオフタイムがゆるいから、歩いてもゴールできるよ。大丈夫」「アタカマんときは、ゴールのカットオフタイムは次の日の正午でしたね」と言っていました。
しかし、実際は、CP2のカットオフタイムが12:00、CP4のカットオフタイム18:00、CP5のカットオフタイムは24:00にチェックポイントをスタートすること、CP7のカットオフタイムが次の日5:00、ゴールのカットオフタイムは10:00とやたらと細かく、特にCP2のカットオフタイムは今までで一番厳しく、全部歩いていると間に合わないようになっています。
僕もいままで11時近くにチェックポイントに来ていたため、油断は出来ません。
「意外と厳しいね」
「今回のレースは、結構しっかりカットオフタイム切ってきたね」
「ついていけない人は、早めに切っちゃうっていうことかな」
特に下位で来ていた人には、緊張感が走りました。
かなり下位で走っていた今村さんも、「今までのペースじゃ、失格になっちゃう、やばい。」
と緊張。

僕は、今までのペースで塩を消費していると、塩不足の恐れが出てくることが分かり、今村さんや中村さんに塩を分けてもらいました。

そして、恒例のサハラ応援団長、喜納ちゃんのエール。今までで一番声を張って堂々としています。
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周りの外国人選手も合わせてくれていました。男よのう、喜納ちゃん。
そして、三州コール。
この二つのエールをやると、体の奥から力がわいてくるから不思議です。
応援の力って、すごいねー!

よし、気合が入った。今日もぜったいやったる!
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スタート地点へ。
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これが最大にして、最後の難関だ。体はぼろぼろだけど、絶対完走だ!
スタート!
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厳しめのカットオフタイムのためか、朝早いうちに距離を稼ごうという戦略のためか、周りの選手のピッチがいままでで一番早い!
三州さんは、ほいほいと駆け足で過ぎ去ってしまい、今までかなり後ろのほうを歩いていた今村さんも「最初のうちで距離稼いでおきたいから。。」と抜かれてしまいました。

僕も、結構速いペースで走っているつもりなんだけど。。

CP1で今村さんと合流。
結構いいペース。
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でも、CP2までは、ちょっとがんばらないと。
僕はあまり休むことなく、さっさと出発しました。

しばらくすると、後ろから、「1,2,3,4, 1,1,2,2,3,4,2,2,...」と掛け声が聞こえてきます。
振り返ると、喜納ちゃんと、今村さんが、二人ですごい勢いで追いついてきています。
「これは、今村家の、朝のジョギングの掛け声なんだよ~~。ハイ1,2,3,4..」
とニコニコしながら抜かれてしまいました。
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えー、なんでそんな気力と体力が残っているの。。。
悔しいので、こっちも足を速めて、上り坂で抜きました。
でも、油断していると、下り坂で後ろから掛け声が迫ってきます。

うわー。元気だなー。すげー精神力だ。

そんなこんなしていると、今回唯一の日本人女性、渡辺さんに追いつきました。
渡辺さんは、夫婦で来ていて、Stage4までは常に夫婦で走っていました。
が、このときは、渡辺奥さん一人だけ。
「このステージは、自分のペースでばらばらに行くことにしてるの。まぁ、旦那とペースが一緒になったら、一緒にいくけどね。」
やっぱ過酷なステージだし、そうですよね。
ちなみに、渡辺夫婦の出走動機は、旦那さんが、禁煙したので、なんかやってみようと思い立ってだそうです。
うーむ、禁煙→サハラとは、発想が飛びすぎている。。。

CP2は、自然公園の休憩所のような建物の中でした。
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みっちーが休んでおり、すぐに帰納ちゃんと今村さんが追いついてきました。
渡辺夫もここで休んでいました。
なんと、ここでは冷えたコーラが売っていました。
でも、僕お金持ってきていない。。。(´・ω・`)
そんな僕に、今村さんが、一口飲ませてくれました。
砂漠のコーラ、ウマー!
CP2のトイレに貼ってあった、注意書き。
「水の一滴は命の一滴。大切に使うように」
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みっちー、今村さん、帰納ちゃんは、僕より先に出て行きました。
元気だのう。。

CP2からしばらくは、「クジラの谷(Valley of Whale)と名づけられた自然公園の中を走ります。
観光客が普通にいる中を走ります。
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奇岩がたくさんあり、景勝地です。
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名前の由来通り、実際に、クジラの骨がそこここで発掘されております。
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しばらく走っていると、同じテントのChrisがいました。
「やぁ。クリスはどこで働いているの?」
「メリルリンチだよ。君はどこ?」
「東京にあるメーカーでエンジニアしているよ」
「へー。僕は東京に2年くらい居たことあるよ。日本語はちょっとだけ。アリガトウ、コンニチワ」
「そーなんだ。あの日本橋のメリルリンチビルかしら。」
「いや、2001年とかだから、そのビルに移る前かな...。ところで、同じテントで体の大きな日本人がいるじゃん。」
「えーと、今村さんかなー。」
「彼のいびき、超うるさいんだけど。オーバーナイトの前であれはきついんだよね」
「ははは。疲れているんじゃないかな」
「てか、隣に居ると寝られないから、こっち向いて寝て欲しくないんだけど」
あはははは。。。(^^;)

そんなテントメイトの愚痴を受けつつ、CP3へ。
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CP3で痛み止めを飲んで、CP4に出発。

CP4は、でかい砂丘の中腹にありました。
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休もうにも風が強く、砂がばんばん飛んでくるので、全然休めません。
水の供給を受けるとすぐに出発しました。
コースは、なんと砂丘の尾根!
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急な坂を上っていきます。
右も左も切り立っています。転げ落ちたら、死なないまでも心は折れてしまいそう。。
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強い風の中、頂上に着くとそこは絶景!
今までの砂漠コースの中でも、最高の絶景でした。
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厳しいコースの中にもこんな景色を用意してくれているコースデザインが心憎い。
余談ですが、この砂漠レースのコースデザインは巧妙にされていて、次のようなパターンがあるそうです。
・Stage2、Stage3は厳しく、Stage1, Stage4は穏やか
・ゴールやチェックポイントがすぐに見えるときは、なかなかたどり着かない。
・ゴールやチェックポイントがなかなか見えない時は、直前になって突然現れる。
ナイスドM!ですが、自然のコースの中で、こういうデザインをするのは、大変なことですねぇ。

途中、ピンクフラッグにグローをつけるジープとすれ違いました。
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夜になると、グローが発光します。

CP4-CP5を走っている間に、どんどん日は沈んでいきます。
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中間地点のCP5には、日没直前の18時くらいにつきました。
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日没前に着くという目標は、ぎりぎり達成できました。

ここには先にみっちーがついており、もう一人の日本人、諏訪間さんがすぐに到着しました。
諏訪間さんは、本でサハラ砂漠フルマラソン(42.195km)を読んで走ってみたくなり、webで検索したら、このマラソン(250km)が出てきて、「ちょっと距離が違うけど。。。ま、いっか」とぽちったというつわものです。
みんな、やっぱどっかネジが一本切れている人が多い。。。。

3人で車座になって、ご飯。
諏訪間さん「なんか、今日は日本人やたら早くないですか?僕も自分なりには早いペースで走っているのに、抜かれちゃって...」
僕「あー、それ僕も思った!CP5で6時前って、今までで結構早いほうだと思うのに、今村さんとかに全然追いつけないよ。」
諏訪間さん「みんな、そんなに足残していたんですかねぇ。もう、僕、足が全然残ってないですよ」
僕「僕もー」
みっちー「みんな足大丈夫?俺、もうロキソニン2錠飲んでるよ。でももう全然効かない。もう一回飲もうと思うんだけど、副作用とかあるかな?」
いや、それ飲みすぎだって!内臓に来るよ!てか、みっちー相当がんばっているなぁ。

周りはすぐに暗くなり、ヘッドライトをつけながらの夕食。
みっちーは先に出発し、諏訪間さんは少しゆっくりしてから行くということで、僕は先に出発。
真っ暗闇をヘッドライトと、光るグローを頼りに歩き出します。
暗闇といっても、月明かりがかなりあるため、ヘッドライトなしでもある程度は見えますが、やはり足元はヘッドライトがないとよく見えません。
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CP5-CP6は足が痛いこともあり、歩いていきましたが、他の区間の1.5倍ほど時間がかかってしまいました。
CP6についたのは、22時近くなっています。。。
結局ゆっくり歩くのは、苦痛の時間が延びるだけだと悟ったのでした。
CP6でロキソニンを投入し、出発。
出来る限りの速さで小走り。
CP7を過ぎると、早くもロキソニン効果が切れて、足が痛み出しました。
立っているのも座っているのもつらい状態で、よく足が動くなぁと自分でびっくりです。
まぁ、走らなければ、何時までたってもゴールに着かないので、走らざるを得ないのですが。。
前を見ても後ろを見ても、真っ暗闇に自分ひとり。夜中の12時を過ぎて、もくもく走っていると眠気も襲ってきます。
足元が時折ふらつくの分かります。

なんかもー、このまま砂の中に体を投げ出して眠ってしまいたい。
気持ちいいだろうなぁ。。。
日が昇ったら干上がるだろうけど。。。

そうすると、壮行会の様子、ブログのコメントがまた浮かんできました。
「ちべが完走できたら、人生が変わる奴、多分何人かいるよ!」
そう言われたら、完走せざるを得ないではないか。。
ヨメのメール「お土産買ってきてね。」
あぁ。。。お土産買ってかなきゃ。。。

そして、時計をチラッと見て、ドリンクを一口ごくり。
大体自分のペースは分かるので、時間で自分の位置が分かります。
そろそろ到着かな。。まだかな。。。

そして、CP8に到着。あとひとつ。
あんなに豊富にあった行動食はすべて食べつくし、後は塩と水のみ。
よし、後9km!

1時間半ほど走ると、ゴールの太鼓の音が風に乗って聞こえてきました。
もうちょっとかな。。。。

と思ってからが例によって長かったです。

そして、足を引きずりながらゴール!
スタッフに、「You did really good job!」といわれ、ハグ。
時計は朝の4:30を差していました。
実に21時間30分走り続けたことになります。
ぼろぼろに疲れきった顔ですが、うれしいというより、ほっとしました。
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テントに戻ると、外まで聞こえる一際大きないびきが。
今村さん...確かにいびき大きいっすね...(笑)

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2011年10月23日 (日)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ Stage4

この頃になると、朝起きると、体調が悪くなく、足もそれなりに動いていることを確認して、感謝するようになりました。
その日のレースからゴールすると、脚はへとへとになり、足は膨れてタイツやゲーターを脱ぐのに難儀するようになります。毎日新しいマメが出来て、歩くのも大変です。メディカルテントは混んで野戦病院状態。
思ったほどではなかったとはいえ、砂漠は昼と夜の寒暖差が激しく、深夜にはぐっと冷え込んで、風邪も引きやすい環境です。
トイレは砂を掘ったもので、気をつけてても、どこから感染するか、わかりません。
周りでもぽろぽろと、リタイア者が出だしています。
こんな中で、
明日は足は回復するんだろうか?
風邪引いたり熱出したりしないだろうか?
腹壊さないだろうか?
感染症にならないだろうか?
などと若干の不安を抱えながら、寝入ります。

そして目が覚めて、まだ走る気力を保てるコンディションにあるのを確認できると、
丈夫な体に生んでくれた親有難う。
まだ砂漠を走られてもらえていることに、神様からなにからもろもろありがとう。
と思わず感謝したくなるのです。

さてさて、飯を食い終わると、同じテントの中で、喜納ちゃんが、恒例のエールのために、学ランに着替えます。
このころになると、周りに興味をもたれたようで、「あの黒い服はなんだ」「毎日、朝のエールはなんていっているんだ?」と、他の国の選手に聞かれることが多くなりました。
「彼は、大学のチアリーダーなんだ」
「アレは、大学のユニフォームなんだ」
などなどと説明してきました。

恒例のブリーフィングでは、今日のレースは比較的穏やかなコースを走ることなどが説明されました。
そして、最後になんと、「今回のサハラレースのオフィシャルチアリーダーに、Mr.キナを任命しました!」と喜納ちゃんが紹介され、全選手の前で、エールをすることに!
慶応の応援団長が、サハラの応援団長に!
日本人選手がめっちゃ盛り上がったのはいうまでもありません。
スタッフも粋な計らいではないですか。
世界中から集った選手が、喜納ちゃんのリードで、「フレフレサハラ!」と声を合わせる光景は、爽快でした。
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出発直前に、テントメイトでぱしゃり。
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そして、スタート。

穏やかなコースといっても、ソフトサンドもある中を40km走るのですから、そんなに甘くはありません。
今回は、爪が剥がれそうになっている親指がすぐに痛み出し、自分でもペースがダウンしているのが分かりました。
どんどん抜かれます。
ペースを上げてキャッチアップする気力も脚力も残っていないので、とにかく自分のペースでひたすら早歩き。
チェックポイントが来るのが毎回待ち遠しいのですが、チェックポイントが見えた!と思って近づくと、ただの取材用の車だったりして、がっかりすることも多くなりました。
サハラ砂漠は、昔は海だった場所が多いようで、貝の化石などが、そこここに散らばっています。
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走ると、砂の表面に浮いている石灰質の石がちゃりん、ちゃりん、と音を立てる場所もあります。
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チェックポイントで、スタッフとぱしゃり。
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綺麗な二頭の岩山
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真昼の厳しい日差しの中、一歩踏み出すごとに激痛が走る足を抱えて走っていると、だんだん意識がぼんやりしてきます。
もう、うんざりだ。。。。

そのたびに、壮行会での友人の顔、サハラレースの公式ブログに寄せられたコメントなどを思い返し、「いや、絶対完走して帰るんだ!」と思い直して、「ちくしょー!」とか、「このやろう」とか無意味に叫んで、自分を鼓舞しました。

西日になり、後ろのほうを走っていたはずの台湾チームと遭遇。
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「そのコスプレはなんだい?」
「三太子様(台湾語で言われたので聞き取れず)だよ」
「えーと。。。その人は何者だい?」
「えーと。。。うーん。。まぁ、神様だね」
「へー」
的会話をし、テレビクルーに邪魔だといわれたので、離脱。

この日もなんとかゴールにたどり着くことが出来ました。
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他の日本メンバーはかなり調子があがっているようで、みんな順位は上昇傾向。
特にくろちゃんが大幅アップで調子がよさそうだ。
「ひざの痛みがなくなって、走れるようになったんだよ」

みんな、ほんとタフだなあ。

同じテントメイト(みんな結構早い)にも、「日本人、みんなここまで完走してるじゃないか。本当にタフだなぁ」と言われました。
僕は、かなりいっぱいいっぱいでしたが。。。

このときには、袖が摺れて、腕にはこんな水ぶくれが出来ていました。
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パンツのすそも、タイツのすそも摺れて、両脚に擦り傷も出来ています。
足は、マメだらけでぼろぼろ。
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肩も長時間荷物をしょっていることでガチガチに固まり、とても痛んでいます。
CP2で痛み止めを飲まないととても走れない感じになっていました。

夕食時に、トップのほうを走っている小野が、朝にカレーを食べたことで胃腸の調子がおかしくなり、苦しんだことを語ってくれました。同じくトップのほうのしゃなも爪の中にマメが出来て、自分でつめに穴をあけて処理したことを話してくれました。
みんな、それぞれにレースと闘っているのでした。

次の日は、もっともタフなステージである、「オーバーナイトステージ」です。
非常に厳しい闘いになりそうでしが、これが実質最後のステージになります。
自分の全てを使って、絶対に完走するんだ。
と、自分に言い聞かせ、それぞれ早めに寝ることにしたのでした。

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2011年10月22日 (土)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ Stage3

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朝、日が上がる前に起きて、飯を食い、行動食の準備をして、装備を身につける。そうしているうちにブリーフィングの時間が来て、すぐにスタート。
マラソン中、いつも同じ、シンプルな生活。
僕の胃腸はこのあたりまででリズムを掴み、快食快便、むしろ東京に居るときより調子がいいくらいで、食欲はまったく落ちませんでした。
足がへたっているのに走れるのは、この内臓の好調さのおかげといっても過言ではありません。

飯を食っていると、他の日本人選手が、
「初日より昨日のほうが俺調子よかったぜ」
「俺も俺も」
とか言い出して、びっくりしました。

いや、俺は普通に二日目のほうが、疲れていますが。。

Stage3は、コースとしては全日程中最もタフに設計されているそうです。
チェックポイントも、他より一つ多く、4つ設けられています。
さらにカットオフタイムも二つ設けられ、CP3で午後2時、ゴールに午後6時と設定されました。
一時間厳しくなってるじゃん。。。

でも、ここを乗り切れば、明日は比較的楽なコースで、その後はオーバーナイトステージで全力を出し切るだけ。。

今日はひとつの山だ。がんばるぞ!
また喜納ちゃんのエールと三州コールで気合を入れ、スタート!
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出てしばらくすると、馬の死体。
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この演出、いらないから。。。

今回のコースは、いままでよりソフトサンドが多く、足が取られます。
その分、走りにくい。。

はずなのに、全体のペースは早め。次々と抜かれていきます。

Stage2まで僕の後ろを走っていたはずの三州さんも、
「あ、次のCPで早く休みたいんで~」
とか言って、快調に飛ばして抜き去っていってしまいました。。
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なんだ、みんな力を溜めてたのかよ。。。

僕はもちろん。。。。そんな走力残してません!

うおー、暑い、痛い。。。。

CP3には、なんとプールが用意してありました。
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先についた三州さんや、喜納ちゃん、みっちーがざぶざぶと入っております。
「うおー!気持ちいい!ちべちゃんも入りなよ!」
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緑色の水に、「感染症」という言葉がよぎりましたが、みんなの気持ちよさそうな顔に勝てず、靴を脱いで足だけ入れました。
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わー、冷たい、きもちいー!

アームカバーやTシャツ、帽子もぬらし、束の間の休息。

マメの出来ている指はきれいな水で洗い、アルコール消毒してバンドエイドをつけ、痛み止めを飲んで、CP4へ出発。

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美しい岩山などを堪能し、無事ゴールしました。
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日本人選手はこの日は全員完走し、順位を上げた選手もけっこういました。
タフだね、みんな。

左足の親指がとても痛むので、靴下を脱いでみると、腫上がっていてつめがちょっと浮いています。

うん。。。これは危険だ。。。

しゃなにも、「親指の爪はやばいですね。走れなくなりますよ。メディカルテント行った方いいっすよ」
といわれ、メディカルテントへ。
「うん。これは爪がはがれそうだね。爪がはがれると、ちょー痛いから、はがれないようにテーピングでぐるぐる巻きにしておきなさい(意訳)」
とありがたい教えを受け、テーピングをしに自分のテントへ。
えーと、ブリスターキット(マメの処理用キット)は。。。。

あれ

ない。

ブリスターキットなくしたあああなんてこと!

と、騒いでいると、中村さんが、
「山本さん!Neilがリタイアするから、ブリスターキット譲ってもらったらどうですか?」
え?まじ?
すると、既に帰り支度を終えたNeilが居ました。
「どうしたの?」
「いや、具合がおかしくなって熱が出てきたから、リタイアすることにした。」
「そうか。。。すぐ出ちゃうの?」
「ああ、帰るための車が、すぐ出るというから。。。」
同じテントメイトがいなくなるのは、寂しいものです。。。

ブリスターキットは、快く譲ってくれました。

Neilから譲ってもらったブリスターキットの中のテープで、左足の親指をはがれないようにしっかりぐるぐる巻きにしました。
すると、しゃなが、「これはがすとき、爪が一緒についてきちゃったりするんすよね。めっちゃ痛いすよ」
そういうことは、貼る前にいおうね。。。
サハラレースが終わるまで、ぜったいはがさないと心に決めたのでした。

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-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ Stage2

キャンプのテントは全部で16あり、エジプトの神様の名前がつけられていました。
その中で、僕のテントはNo.8、Menthuと名づけられたテントです。
テントメイトは全部で8名、シンガポールと日本の砂漠レース初心者が集められました。
メンバーは、
Reuben: シンガポール人 アップルのテクニカルマネージャー
Charles:シンガポール人 保険会社のITマネージャ
Goh: シンガポール人 学校の先生
喜納ちゃん:日本人 慶応大学の4年生
今村さん:日本人 経営コンサルタント
中村さん:上海在住の日本人 不動産投資ファンド勤務
Chris: シンガポール在住のアイルランド人 メリルリンチ勤務
Neil: シンガポール在住のスイス人 INGバンク勤務

と、なかなかバラエティに富んだ経歴の人が集っていました。
みんな紳士で、気配りがあり、狭いながらもテントの雰囲気は悪くありませんでした。

さて、2日目の朝がやってまいりました。
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疲れているせいか、1日目よりぐっすりと寝られました。
やはり、砂漠の夜は冷えるため、温かいコーンスープがしみる。。

朝のブリーフィング。
一日目よりコースは長くて難しめなこと、カットオフタイムI(締め切り時間)がゴールに設けられることが告げられる。
昨日は肩慣らし、今日からが本番か。。

二日目も喜納ちゃんのエールと、三州さんの気合。
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うし、やったるで!

最初はしんちゃん、くろちゃんとしばらく一緒にいましたが、昨日の疲れもあってすぐ足がへたってしまい、どんどん置いていかれました。
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・・・あいつら、はええよ。。。

荷物が肩に食い込み、足も痛み出してきます。

坂を上ったり降りたり、コースはタフでしたが、その分岩山があったり、高いところから風景を見晴らせたり、一日目よりバラエティに富んだ景色を見ることが出来ました。
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景色の素晴らしさとコースのタフさはセットで来るのか。。

CP2で足の痛みに耐え切れず、早くも痛み止めを飲んでしまいました。
CP3では、阿部さんと会いました。
阿部さんは、元銀行員で今は自分で事業を興しており、さらに大学院生もしているタフな人です。
とにかく見た目が年より驚くほど若く、精神的にはさらに若い人です。
どんな鍛え方をしたらこうなるんだろう。
以前、僕が通う大学院に勤務していて、クラスを持ったこともあるということで、親近感を覚えていました。
CP3での阿部さんはかなり苦しそうで、「持ってきた塩が合わない」とおっしゃっていました。
僕のアスリートソルトを3粒ほどわけて、自分が先に出発。

急斜面の砂地を一気に駆け降りる!ひゃっほう!
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この日は4時半ごろゴール。
足はへろへろ、マメは新たに2つ出来てしまいました。

少し落ち着いて、他のテントの仲間とお話。
なんと、エベレスト登頂に成功したという、Remiと知り合うことが出来ました。
彼は、エベレストだけでなく、7summit全てを制覇し、北極点にスキーで到達したという、リアル冒険家です。
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自分で経営していた会社を売り払って以降、このような冒険を続けているようです。
彼曰く、「面白い人生を送りたいなら、一年に一回は冒険するといいよ」
資産を持っても守りに入らず、どんどんチャレンジしていく姿勢はかっこよかったです。

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さて、日が暮れ、カットオフタイムの7時が近づいてきます。
まだ到着していない日本人が気がかりです。
しゃながぼそっと、
「ゴールが遅いと、それだけ休む時間も、準備の時間も少なくなるので、大変なんですよね。。」
そう、特に暗くなってしまうと、なかなか次の日の支度を進めるのも大変です。
遅ければ遅いほど、次の日に疲労を蓄積してしまうという悪循環。
こういうところも過酷なレースです。

そんななか、今村さんが到着!
いやー、よかった!
あとは?

阿部さんがまだだ。。

CP3で会ったのは結構前だったのに、大丈夫だろうか。

と、待っているとやっと阿部さん到着!
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日本人全員完走!よかったよかった!

僕らはカットオフタイムまでゴールで応援に回り、ぎりぎりで必死に走ってくる選手に声援を送っていました。
12時間灼熱の砂漠を走ってきて、カットオフタイムでぎりぎりに滑り込み、倒れこんでくる選手に感動。

そしてその夜、夕飯時。。。

阿部さんがさらりと、「僕、リタイアすることにした。」

えー!!!まじですか!!

「うん。お腹の調子壊して、電解質不足になっちゃった。持ってきた塩が合わなくて、手足が痺れてきてやばいと思ってさ。。。 他の人に塩をいただいてなんとかゴールしたけど、体調が戻らなくてこれ以上は危険だと思った。」

そーかー、残念。阿部さんともっと走りたいと思ったが。。。

皆、色々な動機を持ち、準備も大変なサハラレースを自分で判断してリタイアするのは、それはそれで勇気が要ります。しかし、なんだかんだ言ってそれなりに極限な環境、やせ我慢は後で大変な事態にもなりえます。
ということで、阿部さんの英断を皆、尊重しました。

しかし、モロッコサハラマラソンという、同じ一週間でモロッコのサハラ砂漠を250km走るマラソンを一度完走している阿部さんをして、二日目でリタイアか。。

油断は禁物だな。体調にだけは気をつけないと。。

と気を引き締めた、Stage2でした。


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2011年10月21日 (金)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ Stage1

夜は21時に寝袋に入ったものの、緊張のためか、時差のためか、なかなか寝付けず、結局寝たのは23時でした。
そして、目が覚めたのは4時過ぎ。まだ外は真っ暗。
でも、4時半過ぎると、外ではお湯を沸かす音がして、人の声が徐々に聞こえだしてきました。
そう、7時スタートなので、そろそろ起きなくてはならないのであった。。。
ちょっと寝不足な気もするけど、まぁ、アドレナリン出そうだから、だいじょぶか。

飯を持って外に出ると、日本人選手が少しずつおきだしてきて、みんなで車座になって飯。
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お湯はいくらでももらえるので、主食は乾燥食。
僕は、RacingThePlanetのサイトで売っているExpedition foodという砂漠御用達乾燥食のようなものを主に持ってきました。一袋800kcalもあるため、これ一食で必要なカロリーがとれるのです。
この朝は、オートミール。
さっそく食べてみると。。。ふむ。。。。なんかゲロくさい。。。。
しかし、割となんでも食べられる僕は、食欲を失うことなく平らげたのでした。
えらい、僕の胃腸。
ちなみに、これ以外は、どのExpedition foodもおいしくいただけました。

食べている間に、朝日が昇ってきます。岩肌がピンク色に染まっていく光景も、見事でした。

慶応応援団長、喜納ちゃんは、エジプトに来る前にみんなに「学ランもっていけ!」と煽られ、実際に持ってきました。
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いまや、「これでスタートダッシュしますよ!」とのりのりです。
これだけで1kgはあります。ほんとアホです。

朝のブリーフィングでは、コースの説明と、例年Stage1で張り切りすぎてリタイアする人が多いから、抑えるようにといった注意事項が流れました。コースの長さは36kmほど。ラストを除く全日程で一番短いステージです。チェックポイント(CP)は全部で3つ。CPにはテントがあり、水が補給され、一休みも出来ます。
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出発前のスタートラインはお祭り騒ぎ。
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台湾チームは結束抜群。てか、そのコスプレつけて走る気。。。?
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らくだもいました。
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「おい、兄弟よ。。。」
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ぽわ~~~~ん
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そして、喜納ちゃんが、「出発前にエールをしたいと思います!」と言い出し、日本人選手に向かって、慶応式の手振りで、「フレーフレーサハラ!フレーフレーサハラ!」
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さらに、プロレスラー三州ツバ吉さんが「ツバ」イダーマン姿で、「いーち、にー、さーんしゅ~~~~YA!」と気合を入れました。
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おし!気合が入った!

全ての装備をつけ、水もボトルに満杯にして、スタート地点へ。
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ついに来た。。。。。

マラソンブームの折、世界中には何万人、何十万人とマラソンランナー、どMランナーがいます。
しかし、世界のドMランナーに一目置かれるこの砂漠マラソンには、世界からたったの150人しか参加しません。
なんの資格も要らないにも関わらず。
その中の一人として、このスタート地点に立っているのです。
ここに立つためには、努力や能力が最も重要だったわけではありません。
ただひとつの決断、決意がこの場に自分を立たせているわけです。
「出来るのか出来ないのか」ではなく、「やるのかやらないのか」。
自分の意思、決断することが、自分のいる世界をここまで変える。
この3ヶ月を思い返し、感慨深くなりました。

ふと、小野と目が合いました。
「ついに来たな」
ハイタッチ。

お前がこのサハラへの挑戦のきっかけを作ってくれ、そして後押しをしてくれたんだ。
言葉には出さないけど、ありがとうな。
いっぱい楽しんで、絶対完走しようぜ!

近くにいた、くろちゃんと握手、しんちゃんとハイタッチ。
この3ヶ月、一緒にトレーニングできて本当に楽しかった。
二人がいたから、あんなアホみたいに辛いトレッキングも、炎天下のマラソンも楽しくやれたんだ。
一緒にこのスタートラインに立てているのが本当にうれしいよ。
お互い、絶対完走して、うまいビール飲もうな!

「3、2、1..スタート!」
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ついにサハラレースが始まりました。

朝日の砂漠の中を、みんな走っていきます。
先頭の人は、見る見る小さくなっていきました。
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わー、この乾燥した空気、地面の砂、日光の強さ、どれも日本とは違うわー。
風景も見事に荒涼としている。
まるで映画の中の違う惑星の上を走っているようだ。
ありえない場所での、ありえない経験を、今、している。
うれしくなって、がんばって走っちゃいそうだけど、先は長いし、自重自重。
自分のペースでせっせと走る。

CP1までは短い距離のため、あっけなくつきました。
湖のほとりで、砂漠なのに小さな滝まであります。
Falls

CP2までは長めの距離で、湖からも離れ、ひたすら平地を走ります。
このあたりで太陽光が強烈になってきます。
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背負っている10kg超の荷物もあり、早くも走るのがつらくなって小走り状態になりました。
近くを走っているほかの国の女性ランナーに、「Do you enjoy?」と聞いたら、苦しそうに「No!」と返ってきました。
あらら。

10時過ぎにCP2に着きました。
そうすると、向こうから何かがやってきます。
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あ、神様のコスプレだ!
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台湾チーム本当にこれかぶって砂漠走っているんだ!
ただもんじゃねー!

CP2からCP3は、ちょうどお昼ごろで太陽光も強烈になり、風もなくなりました。
足も、バックパックを背負っている肩も痛み出します。
疲労のなかでじりじり焼かれると、頭がくらくらしてきて、(これは何時熱射病になってもおかしくねぇ)と危機感が出てきました。
すると、目の前にちょっとふらふら歩いているランナーがいます。
みると、日本人で、みっちーでした。
「みっちーちょっとふらふらしているぞ。大丈夫か?」
「あぁ、ちょっと股関節が痛い。。」
みっちーはすこし岩陰で休み、僕は先を急ぎました。
CP3までは長かった。。。

CP3からゴールまでは、「今日はこの10kmを走ればゴールだ」と念じながら、小走りで移動しました。

これが砂漠の道しるべ、ピンクフラッグです。
Flag
こんなちんまりとしたものが、25m, 50m, 100mおきとかにありますが、景色に溶け込んでよく見えないこともしばしばあります。その時はたいてい先人の足跡を頼りにするのですが、たまに岩の上になって足跡が見えなくなると、どっちに進んでいいのか一瞬わからなくなり、恐怖感があります。

そしてゴール!午後3時半になっていました。
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もうへとへと。。
同じテントメイトはもう半分以上帰ってきていてテントの中でゴールを祝福してくれました。
リタイヤ者の多いという一日目を終わり、マメが一個できたものの、無事完走できてひとまずホッとしました。
日本人選手は、全員無事完走でした。
と、同時に疲労感もけっこうあり、残りのステージ無事完走できるのか、若干不安に。。
この日は疲れをとるため、20:00には寝たのでした。
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2011年10月20日 (木)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ Stage0

さて、サハラに行く日がやってまいりました。
この日は朝からブリーフィングと荷物チェックです。
ブリーフィングでは、各国の選手が車座になって、スタッフの話を聞きます。
周りの選手がみんな筋肉もりもりで、強そう。。
レースのディレクターのAllena、意外と若くてかわいい。。。
てか、スタッフは若い女性が多い。
なんと、この砂漠レースの主催団体、RunningThePlanetの創始者は、女性だそうで。
こんなドMマラソンを作った人が女性とは。。。驚き。
そして、参加者の中の有名選手、常連選手などの紹介がありました。
過去のサハラマラソン優勝選手、サハラ砂漠横断1000kmマラソンをやった人などいて、びっくり。
台湾は、チームで出ていて、メディアチームもつれてきていてかなりの気合の入りよう。
世界からここに集る選手も、個性的で面白そうな人たちばかりだなぁ。

そして、いよいよ荷物チェック。
ここをパスしないとサハラのスタート地点に立てない。
ここまで来て、スタート地点にも立たずに失格とかいって、笑えもしないし、泣けもしない。
サハラにくる直前に買った、CWXのおニューのタイツも履き、コスチュームも完全装備で会場に行きました。
こんな感じで荷物を床にばらしてチェックを受けます。
Contents
ちなみに、内容リストは下記のようなかんじ。
これから行く人の参考になれば。
http://bit.ly/qASIyC

これら全部合わせて総重量9.5kgで無事チェックパス!
ゼッケンをもらって気合入りました。
やったるで!ってな感じで。
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よっしゃ、昼飯昼飯っと、日本選手が集まっているロビーに行きました。
そしたら、しゃなが僕の姿を見るなり、

「なんでそんなタイツ履いているんですか!ヤバいですよ!」

は?何が(・ω・)?

「レインボーの柄って、ゲイっていう意味ですよ!ガチでヤバいっすよそれ!」

は?そんなの聞いたことないし。
またしゃながからかっていると思って、ほかの日本選手のところに行くと、

「いや、それ国際常識ですよほんま。変な話、そっちはいつでもオープンみたいな」
「山本さんは、自由業だと思ってたんですよ。いや、そういう人だと思ったから」
「てか、なんでワコールは男性向けにそんな柄を商品化したのか、意味わかんない」

・・・・・゜゜( Д )/ /
僕のテントメイト、8人全員男なんですけど。。。。
はにゃにゃにゃにゃ(((゜Д゜)))

あらかじめ、「僕はストレートです!」って宣言しておくか。。
いや、でも却って墓穴を掘ることになりそうだ。
墓穴を掘って、オケツを掘る。
いやいやその手の話を聞かれたら、丁寧に説明しよう。
うん、同じ砂漠ランナーだし、話せばわかるはずだ。

若干混乱しながら、お昼ご飯mgmg。
うーん、このチョコパイうまい。
砂漠でのおやつとして、余分に持っていこう。
と、
「あ、このチョコパイ、カビ生えてますよ!」
声を発した人のチョコパイを見ると、表面に確かにアオカビが。
なんで包装されているのにカビてるんだ?
と、ほかの包装されたチョコパイを開けてみるとこれもアオカビが。。。
僕がもっていこうとしたチョコパイも、開けてみたらアオカビが!
結局その場にあったチョコパイは百発百中アオカビの犠牲になっていました。
おいおい、食っちゃったよ。。。これは、砂漠では必ず食べる前に確認せよという教訓なのか。。?
恐るべしサハラマラソン。。
おなか痛くなったらどうしよう(結局平気でしたが。)

さて、いよいよバスでの出発の時刻。サハラのキャンプ地までは3時間半ほどかかります。
出発前に、日本選手団で記念にぱちり

Departure

バスに乗り込むと、テンションがあがります。

Bus_2
ちょっと修学旅行っぽい。

バスで揺られると、エジプトの街並みが見えます。
集合住宅のビルの上にむき出しの鉄骨が出ている建物が多いのですが、聞くと、あれは家族が増えたら建て増しをするためのものだといいます。
あえて未完成のまま住んでどんどん継ぎ足していくエジプト住宅。
新鮮なコンセプトだ。。
だんだん風景が荒涼としてきて、砂漠に入っていきます。
おお。こんなところを走るのか。。死んじゃうんじゃないか?まじで。
途中、トイレ休憩で止まって外に出ると、たちどころに強烈な太陽光が突き刺さり、灼熱という言葉がぴったり。

トイレ休憩の図。砂漠にみんな一直線に並んでタチションしていて、ちょっとおかしかった。
Stop

さらに1時間ほどいくと、完全に風景は砂漠。
そして、湖のほとりに設営されたテントについに到着!
バスの外に出ると、そこは美しい風景といい、風のにおいといい、太陽の光といい、別世界で別の星に来たような感覚になり、感動しました。

C

さっそく逆立ちで記念撮影
Sakadati

スイカmgmg
Suika

ぬるいコーラも用意されていました。
コーラもスイカも、今日が食べおさめ。あと一週間はこういう甘くてみずみずしいものは食べられません。

砂漠の美しい夕日。岩山に沈んでいく夕日を見ておお!と感動していました。
Day0yuuhi

日が落ちる頃に、各々持参した食べ物で夜飯。これは、背負って走らずに済むので、重量対カロリーを比較的気にしない「最後の晩餐」を楽しみます。まぁ、さすがに酒は持っていきませんでしたが。

日が落ちると、星空が広がります。
この砂漠の夜空が見たことのない美しさで、ひたすら感動!
月が湖面に反射して、詩のような情景になっており、空にははっきりと天の川!
これほどの大量の星をいままで見たことがなく、しばらく空に見入っていました。
同じく感動して外にでてきた喜納ちゃん(慶応応援団長)と、「これ見れただけで、もうサハラに来る費用の元はとれました!」などと話あっていました。

ずっと星を見ていたかったですが、明日は早朝に起きて走る準備をしなくてはなりません。
21:00には寝袋に入ったのでした。

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2011年10月19日 (水)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ サハラまでの道3

さて、成田からエミレーツに乗って、日本のサハラ勇者たちは、エジプトに飛び立とうとしました。
事務局から、ロストバゲッジを防ぐよう、砂漠必須道具は手荷物で行くよう指示がありました。
なぜなら到着の次の日から砂漠にいくため、ロストバゲッジをフォローする時間がないからです。

しかし、エミレーツでは、合計7kgしか、手荷物を許してくれません。。。

みんな大体10kgほど砂漠用品はあるため、泣く泣く必須道具の一部を預け入れ荷物に入れました。


聞くと、エミレーツのロストバゲージが最終的に見つからない率は3%だとか。

おいおい、多くないか!!!

砂漠レースは空港から始まっていると、その時感じました。

ドバイ乗り換えだったため、乗り換えでしばし待機。


巨大なビーナスフォートのようなドバイ空港をしんちゃんのう○こ漏らした話を聞きながら、堪能しました。
バーでビールを飲んだら、眠くなってこんなきりっとした顔に。

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しゃながFacebookにこの写真をアップしたところ、「(緊張感なさすぎる顔に)プレゼンで感動した俺を返せ」という意見が..('A`)

ドバイで、大阪から来たというイギリス人砂漠ランナー、Markと知り合いになりました。
とても面白いキャラクターの持ち主で、すっかり仲良くなってしまい、それから行動を共にすることが多くなりました。

エジプトまでの飛行機からの風景は、砂漠だらけだったため、「こんな場所を走るのか。。」と感慨しきりでした。
そして、午前中にエジプトにつきました。

バゲッジクレームでは、幸いにも日本関係者は誰も荷物はロストしませんでしたが、目の前でほかの国の砂漠ランナーが、バゲッジロストして途方に暮れるのを目の当たりにしました。

砂漠マラソン、運がないと参加すらかなわないか。。

エジプトの空港の売店で、さっそく釣銭をしらばっくれられる洗礼を受け、そのままホテルへ。

4desertsで前泊用に準備してくれたホテルは豪華な一流ホテルでした。
そこで、我々のんべの日本人参加者は、さっそくホテルのバーへ。
明日から砂漠だというのに、遠慮なくビール、ワインと飲むアホな砂漠ランナー達。
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僕も、グラスにハエごとワインを注いでしまってもめげずに飲みまくりました。

さらに夜は、ナイル川ほとりで、妖艶なベリーダンスを見て、酒をかぱかぱ飲もうと繰り出しました

が。。

宗教上の理由からか、地元の普通のレストランでは、酒はNGなようで、ナイル川ほとりで酒を出してくれるところはほとんどありませんでいた。

しょうがないから、エジプトくんだりまできて、TGIフライデーズに入って、バドワイザーを飲むことにしました。
TGIフライデーズでも、ビールはメニューに載っていない裏メニューとしてそっと差し出されました。(周りの客から相当白い眼でしたが。。。)

ふむ。。。ちょっといまいち。。。

しかし、このとき、地元のレストランで食べなかったことが、サハラレースを完走できた要因だったのかもしれません。
地元料理で体調を壊す人も多いようなので。。
人間、万事塞翁が馬ってやつです。

タクシーのうんちゃんとも恒例のひと悶着あったあと、明日の準備にと、早めに寝たのでした。。。


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2011年10月18日 (火)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ サハラまでの道2

ハセツネ試走に参加したり、装備購入のためにスポーツ店に行くと、明らかに僕より走歴がありかつタフそうなランナーにも、「砂漠を走るんですか!すごいですね!」と目を丸くして驚かれ、一目置かれる雰囲気が漂います。
こんな凄そうな人たちに、素人同然な僕が一目置かれるなんて..てか、砂漠マラソンってそんなにヤバいものなのかしら。
そのたびに、「はは。。。まぁ一応」的なちょっと腰が引けた反応になってしまいました。

また、情報を集めるにつれ、サハラマラソンの色々な伝説を聞くことにもなりました。
いわく、
・持参した食べ物があわなくて、4日間ほとんど食べられず、12kg痩せてゴールして恋人にびびられた人がいる。
・ゴビ砂漠で脱水で死亡した人がいるので、給水が強化された。
・モロッコサハラ(もうひとつの250kmサハラマラソン)で体調が悪いのに、寝るために無理して睡眠薬を飲んだ人が、次の朝冷たくなってた。
・シューズを忘れてしまい、初日はクロックスで走って、次の日からリタイヤした人のシューズを借りて完走した人がいる。
・サソリは、よく靴の中に入っている。
・途中で迷子になって、国境線を越えてリビアに行っちゃった人がいる。
・途中で迷子になって、スタッフにも発見されず、2,3日さまよって、自殺しようと手首を切ったのに、脱水症状で血が出なかった。(後に現地のベトウィンに助けられた)

どこまで事実か分かりませんが、教訓としては示唆に富んでいる話です。というか、まじ怖いサハラ!

というところで、4deserts日本事務局の近藤さん主催で、砂漠ランナー顔合わせ会が行われました。
東京近辺に住んでいる、サハラレース2011への参加者がかなり出席し、情報交換をしました。
初めて顔を合わせた方も多数でしたが、プロレスラー、モロッコサハラレース完走者、慶応の応援団長などなど、個性的なメンバーで、とてもわくわくする顔合わせでした。
この場で、前回のサハラレースに参加した、梅宮アンナさんともお話しました。
梅宮さんは、この半年ほど前も一度お会いしたことがあり、サハラレースのStage1の15kmくらいの地点で、「あと15分ここに居たら、死ぬかも」と思ってリタイアしたというお話を伺いました。そのときは、そんな過酷なレースなのか!と衝撃を受け、同時に彼女の撮った写真に感動したりもしてました。
サハラ顔合わせ会での梅宮さんは、相変わらず「サハラ砂漠は地獄だよ」という話を熱く語っていましたが、同時にサハラに取り付かれているようで、「また行きたい」ともお話していました。

地獄なのに、同時に行った人を魅了する砂漠レースとは?

これも砂漠レースに関心を持った理由のひとつです。

梅宮さんとは対照的に、モロッコサハラレースをビブラム(5本指シューズ)で完走した阿部さんは、「時間を決めて、定期的に水とカロリーを取るようにすれば、完走するだけなら楽勝だよ」とおっしゃって、色々なアドバイスをいただきました。
 この「楽勝」という言葉で、かなり勇気付けられたのは事実です。
 まぁ、阿部さんも、格闘技をやったり、通勤で25kgの重りを常時背負って鍛えているタフな方なので、割り引いて聞く必要はあったかもしれませんが。。。

 とにかく、この顔合わせで多くのランナーと知り合い、力を得ました。

 この頃になると、大学院でも「サハラさん」などと呼ばれるようになり、「死なないで帰って来いよ!」とか、「これが君と会う最後の時になるのか、骨は拾ってやるぞ!」というような励まし(?)を多くいただきました。

 出発の日が近づいてくると、仲間が壮行会を開いてくれました。そこには今回参加する中の、小野君、しゃな、くろちゃん、しんちゃん、プロレスラーの三州ツバ吉さん、及び村岡さん(みっちー、@miti3)及び僕が出席しました。
他にも大勢の友人が参加してくださった中で、今までの経過とサハラへの思いをプレゼンしました。
サハラへの動機、親戚も巻き込まれた震災の自分へのインパクト、準備段階での充実感など、語らせていただき、予想以上の反響をいただきました。
このときの友人達の励ましが、レースでの大きな支えになりました。

また、デザイナーの嶋田さん(@TochicsSHIMADA )に「Team Japan」のTシャツ、ワッペン、バッヂをデザインしていただきました。
多くの人の協力と応援、そして「Team Japan」を背負って、いよいよサハラへ出発です。

 
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-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ サハラまでの道1

今年のサハラ宣言をしたあと、退路を断つために4desertsの事務局に変更申請をすぐにし、次の日会社に、「3か月後に10日ほど休みを取ってサハラでマラソンします!」と宣言し、飛行機のチケットも予約してしまいました。
ヨメにも報告。
「俺、サハラで走ることにした。」
「は?何煽られたの?死ぬよ」
「エアチケットとっちゃった」
「。。。。。」

さ、もうやるしかない。。。

とはいえ、どんなトレーニングをやればいいのか、どんな準備をすればいいのか、見当がつきません。
どんな服装をしていけばいいのか。
食べ物はどんなものをもっていけばいいのか。
どんな事態を想定して、何を用意すべきなのか。

何もかもはてなで、しかも大学院では、難関と言われる資本政策のクラスがちょうどこの期間にありました。
砂漠の準備にさけるのは、実質日曜日のみ。。。

ほんとにできるのか?俺。

でも、不思議と、むくむくファイトがわいてきました。

ちょっと忙しいくらいだと、愚痴がわいてきますが、そもそも不可能なことをやろうとしているんだから、「できない」と言うことに意味はありません。
なんとかできる方法を考えるしかないのです。
追い込んだほうが思考が前向きに変わり、やる気が出る不思議。

やったるぜ!俺!

とにかく、まず40kmを一日で走ったことがないので、これをやらねばならぬ。

「今週末、山手線一周マラソンやる人いますかぁ?」
ツイッターでつぶやきました。
山手線は一周が42kmくらいで、フルマラソンと同じくらいの距離なのです。
これにくろちゃんとしゃなが応じてくれ、7月下旬のくそ暑い日に朝から山手線を一周しました。
途中、熱射病になりかけながらも、初めて40km完走!
ちょっと充実感を覚えたのでした。

それから、おかき(@wokakiiiiiiiiii)とさちおちゃん(@scoszk)と一緒に東横線始発から終点までマラソン(28kmくらい)、単独で自宅から小田原までラン(65kmくらい)も行いました。
また、近藤さん(@sandykondo)さんと小野君の企画で、ヒマラヤ登山希望者の登竜門と言われる、ハセツネカップのコースの第一関門までの試走も2回行いました。
足が痛くて寝られなかったこともありますが、これらの企画で仲間と走れたことは、とても楽しかった。
苦しい過程を経て、ゴールに達して一緒に走った仲間と喜び合い、そのあと温泉に入ったり、ビールや焼肉でもりあがるのが楽しく、充実感がありました。

普段は、会社から自宅までの帰宅コースを、時間が許す分だけ走りました。

5~10kgの重りを背負ってこれらのロングコースを走ることで、荷物を背負って長時間走ることに体を慣れさせました。

また、小野君が砂漠仲間のメールに入れてくれ、砂漠仲間の今村さんがFacebookでサハラレースのコミュニティを作ってくれて、そこで砂漠準備の情報を入手しました。
一度買った装備もいろいろ聞いているうちに心変わりして、ちがうものに買い替えたり、食べ物も試食しながら選んだりしたので、予想以上に準備に金と時間がかかりました。

そして、サハラレースのエントリーフィー(3300ドル)も払い、ついに最後の腹も決まりました。
すると、公式ページのCompetitors listに僕の名前とプロフィールが載ります。
他の選手を見ていくと、イギリスの軍隊のトレーナーや、アンナプルナの登頂者、アマゾンのジャングルレース完走者など、面白い経歴の人が次々とでてきます。

ああ。。。この世界の錚々たる変態ランナーに交じって俺もサハラで走るのか。。。

なんとなく、実感が出てきた瞬間でした。

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2011年10月16日 (日)

-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ なぜサハラ?3

砂漠会議は、佐々木信也(しんちゃん @sasasinjp)、黒澤君(くろちゃん @kuroyoon)達が砂漠レースに出ようかどうしようか話をするという恵比寿での飲み会で、小野君も参加しておりました。この会議には僕は出ておらず、別の場所で飲んでいましたが、ツイッターでその模様は見ていました。

そうすると、ツイッター上で、続々と友人が今年のサハラレースにエントリしたことが伝えられます。

小野君の壮行会での熱気をまだ覚えており、憧れも芽生えていました。なにより砂漠から帰ってきた友人たちの充実した顔。砂漠を走るって、どういう気持ちなんだろう?一生に一回くらいこういうチャレンジをしてみるのもいいのではないか?
酔った勢いで、「こ、今年、、いや、さすがに今年は無理。来年のサハラレース。。。これにエントリしよう。。。」とぽちりました。

これが初めて自分事として砂漠レースをとらえた瞬間です。
しかし、まだ一年以上先のこと、ダメそうならキャンセルすればいいや、程度の覚悟です。

このころ、仕事でちょっと難しい立場にあって精神的に弱っており、、また会社の業績、業界の見通し双方が芳しくなくキャリアについて悩んでいたところもあって、かなり発想が後ろ向きになって、愚痴っぽくなっておりました。

いろいろ努力しても、結局世の中の流れには勝てないのかな。。。

そんな「他責」の発想になっておりました。

ツイッター上でもそんな愚痴が自然と多くなり、友人たちから窘められたりもしていました。

そんなある夜、グループチャットで、マサ( @masayuk_i)とチャットしておりました。
マサは、業界をよく知っており、かなり僕に同情的でした。
「そうだよな、いろいろ業界的に難しいんだよな」
「そうなんだよ、結構、いろいろ無理で、行き詰っているんだよね。。」
的な愚痴トークが展開されていたところに、小野君が突然割り込んできました。
「学生時代からの友人としていう!最近のお前の言っていることはすべてくだらない!自責他力(起こったことはすべて自分の責任。いいことはすべて他人の力のおかげと感謝するという意味)が信条の中野大吾(@DaigoNakano)が、お前は完全に他責になっていると言っている!俺も完全にアグリーだ!!!!」
小野は、大企業からリスクをとって飛び出し、ベンチャーを立ち上げ、成功させてきた人間で、今も完全に自分の責任で事業を行っている人間である。
学生時代に同じ釜の飯を食っている仲間にずばりと言われるのは突き刺さるが、正直自分も思い当たるので、反論はできない。。。
「なんでお前はそんなんなっちまったんだ。自分の未来を変えるのは、自分しかいないんだぞ。自分のチャレンジしか未来は変えられないんだ」

(う、うむ。。。。)

そこで、マサがぼそりと、「来年のサハラ、今年挑戦することにしたらどうだ?」

えええええーーーー!マサ、このタイミングでなんちゅーことを!今年のサハラマラソンって、あと3か月足らずじゃねーか。
走るのが苦手なうえに、日常からトレーニングなんかしてない俺が、今から出られるわけねーじゃねーか!!!

そこに小野が畳み掛け、「砂漠マラソンは、体力よりも精神力、覚悟が重要だ。来年やるなんていったって、覚悟が足りなきゃ準備なんかするわけない。覚悟があれば、3か月だって必死に準備するし、そっちのほうがよほど完走できるはずだ」

う、うむ。。。。図星。。。。

正直、来年ぽちったといっても、かなり腰が引けており、そういう意味では全然覚悟がありませんでした。

今年。。。。

もしかすると、俺に足りないのは、こういう計算のできないチャレンジなのかもしれない。。。

一年間猶予があれば、毎日ランニングして、フルマラソンに出て、ウルトラマラソンやって、砂浜でトレーニング積んで...とある程度トレーニング期間を経て砂漠レースに出る、というイメージができる。

が、三か月後、しかもかなりハードな業務と社会人大学院という、ただでさえ時間のないスケジュールの中で、サハラの準備をしなくちゃいけない。まぁ、相談したら世界の99%の人は「無理だからやめとけ」って止めるだろうな。

この命がけの無茶な話を突き抜けることが出来るのなら、人生で無理と思っていることも、実は突き抜けることができるのかもしれない。。。

てか、その前に、他のたくさんの友人達が息をひそめて俺の反応を見ていると思えるこのグループチャットで、イモ引いた回答ができるのか、俺?
「わかった。今年やるよ。今年のサハラマラソン、チャレンジしよう」

こうして、大げさに言えば、自分の未来を変えるための闘いの場として、2011年のサハラ砂漠マラソンのエントリをしたのでした。

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-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ なぜサハラ?2

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小野君は、それまで毎週のようにフルマラソン、ウルトラマラソンに出ており、一種の走りの鉄人のようになっていました。
そして、それを周りに楽しそうに伝えるため、彼に感化されて走る人が一人、また一人と増えていき、僕の周りのランナーの中心的人物になっていきました。
僕も、彼に感化され、時間のある時は皇居のまわりをちょろちょろと走り、ハーフマラソンなるものにも生まれて初めて出たりもしました。

小野君のゴビ砂漠レースの壮行会は、仕事で忙しくなって途中から参加したのですが、ゴビ砂漠の絶景が流れ、小野君が自分の決意をプレゼンし、熱気が充満していました。
その熱気と、砂漠を走るというロマンに感化され、酔っぱらいながら、「俺らもいつか砂漠を走ろう!」と友人と盛り上がったのを覚えています。

そして小野君のBlogを通して見るゴビ砂漠での小野君の苦闘。
正直、小野君はそれまでの鉄人振りから、まぁ、完走できるだろうと思っていました。
しかし、そんな小野君は、オーバーナイトステージで感染症になり、50℃の砂漠で立ち往生し、死の恐怖と真正面から向き合うほどに追い込まれます。
砂漠マラソンは甘くない、甘くないが、この経験をしたら、人間として相当成長するのではないか、と思いました。

ありえない場所での、ありえない経験。

それを強く思ったのでした。

しかし、それはまだ、自分のこととしてとらえてはいませんでした。

それが自分事になったのは、小野君が帰国して間もなく、砂漠会議というものを友人達が開催した夜のことでした。


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-サハラマラソン完走記~走歴なしからサハラ250kmマラソンまで~ なぜサハラ?1

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はんどー隊ブログ二千万人読者の皆様、お久しぶりです(嘘)。
いない間何をしていたかと申しますと、サハラ砂漠を一週間で250km走るという世界で最も過酷なマラソンの一つといわれるサハラ砂漠250kmマラソンレースの準備&レースをしておりました。
ちなみに、サハラ以前の公式レースの経験は、ハーフと5kmレースしかありません。

なぜ、こんな走歴で、こんなアホみたいなマラソンに出ようと思ったのか、そして、このマラソンで何を感じたのかを記しておきたいと思います。

一年ほど前、ツイッターを使って誰でも飲もうという誰でもカムカム飲みというのを学生時代からの旧友,
小野君(Twitter ID @8ono)がやっており、それに僕も参加して楽しく飲んで、いろいろな人たちと知り合いになっておりました。

小野君は、その1年ほど前からランニングにはまっており、15kgも体重を落とし、アホみたいにレースに出ておりました。
私は、大学院に入ったこともあって、運動時間が減少傾向にあったこともあり、「よくそんなつらいことやろうと思うよねぇ」と遠い目をして彼を見ていました。

この誰でもカムカム飲み会で、荒井君という若者(しゃな、@LS_jp)と出会い、彼と小野君が話が盛り上がりました
。その時に、「砂漠マラソン」という話題が出たようで、後に小野君が、「しゃなが、アタカマ砂漠のレースに来年出るらしい!前からあこがれていて、30代のうちにサハラ砂漠レースに一回出たかったけど、前倒しして来年のゴビ砂漠とサハラ砂漠のレースにぽちった!」
とか興奮して宣言しておりました。

何その、物騒な名前のレースは(´・ω・`)?

これが「砂漠レース」なる名前を聞いた最初でした。

聞けば、一週間分の衣食住をすべて背負い、灼熱の砂漠を一週間かけて、250kmを走るという過酷なマラソンだそうで。
サハラ砂漠、アタカマ砂漠、ゴビ砂漠と3つの砂漠のメニューがあり、そのうち2つを走ると、last desert、南極の250kmマラソンへの招待状が届くそうです。

どのマラソンも、一日平均40km近くを走り、5日目と6日目に、80kmほどを徹夜で走るオーバーナイトステージがあるそうです。
荷物背負って、フルマラソンを四日やった挙句、徹夜で80kmも走るの?
しかも、人が住めない灼熱の砂漠を??

なんだその、究極のどMマラソンは??
下手したら死ぬじゃん!

まったく想像外の世界です。
しゃなも、小野君も、ストイックな性格なのも手伝って、別次元の修行僧みたいなやつだな、とその頃思っていました。

そんなこんなで、年が明け、まずしゃなのアタカマ砂漠のレースが近づいてきました。
しゃなが低酸素トレーニングをしているツイートなどを行って、ストイック度が一段と上がり、臨場感が増してきます。
そして、壮行会、すばらしいアタカマ砂漠の風景の情景とともに、しゃなの決意が語られます。
3000mという高地、世界一乾燥しているという気候、川を渡るという足場の悪さ。
初めて砂漠マラソンなるものに参加する人を見る興奮、こいつは本当に生きて帰ってくるのかという緊張で、眩しくしゃなを見送りました。
レースを開始してからのBlogも一日一日、今日も元気に走っているのか、今日はBlogが更新されるのか、はらはらどきどきはらはらどきどき。
しゃなが完走したときの喜び。

こんな過酷なレースを完走したしゃなを尊敬し、眩しい存在だと感じました。
まだまだ、砂漠レースなんて、挑戦しようとかけらも思わない、遠くの存在です。

しかし、こんな風景の中を走るのはどういう気分なんだろう、とぼんやりとは思っていました。

そして、3か月後、今度は小野君のゴビ砂漠レースが近づいてきます。

続く

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