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2010年8月26日 (木)

ハーバード白熱教室IN JAPAN

今日は、ハーバード白熱教室INJAPANに参加してきました。

ハーバード白熱教室とは、ハーバード大学で最大の履修者をもつというマイケルサンデル教授の人気講義「JUSTICE」をNHKが番組として放映したものです。
http://www.nhk.or.jp/harvard/
これがかなり人気ということで、今回は日本にマイケルサンデル教授を呼び、東大の安田講堂で「白熱教室」を行うというNHKの企画でした。

安田講堂に入るのは二回目。割と広いんだな・・。

 参加者は1000人ほどでした。安田講堂満員です。今回は「講演」ではなく、「授業」として行うため、参加者もディベートに参戦しました。
 授業内容は、現代日本の問題を真正面から問うスリリングな展開になり、「日本人はシャイと聞いていたけど、みな積極的にディベートに参戦していてよかった。”ニュージェネレイション”だからか分からないけど、みなとてもよかった」と最後にサンデル教授がコメントするくらい、白熱した議論になりました。

サンデル教授の主な主張は、以下の通りです。

「正義」の考え方は大きく次の3つがある。
・功利主義的(最大多数の最大幸福)正義(ベンサム、JSミル)
・人間の権利と尊厳を尊重する正義(カント、ロックなど)
・人間の普遍の道徳や美徳を重視する正義(アリストテレスなど)
 社会的、政治的な難問は、この「正義」に関する異なる考え方が潜んでいることが多く、哲学的にこれらの側面を考えることは有用である。

ここからは講義概要です。

講義は、彼の本にも書いてある事例の、漂流船の中で生き残った4人の事件から始まりました。飢餓状態でいつ助かるか分からないという極限状態の中、一番弱って身寄りの無い少年を殺して他の3人が食べてしまうという事件が発生します。後に助けられて上陸したとき、3人は殺人罪で起訴されますが、これは許される行為かどうかという命題です。
教室は、大きく次の2つに割れました。
「1人は死ぬ見通しが強かったのだし、3人はそのおかげで救われたのだから、社会的に利益は大きい」(功利主義的立場)と、
「助かるためといっても、人を殺していいわけはない。道徳に反する」(道徳重視の立場)
さらに、被害者が食べられることを望んだかどうかに関して、
「被害者が望んでいれば殺してもよい」
と、
「人間は今まで関わった関係者に責任を負っているのだから、たとえ望んでも死んでいいわけではない」
という立場に分かれました。これはこれで、「自分の体は果たして自分がすべての権利を持っているといえるのか」というリバリタニズムに関する哲学的命題を持っています。
 さらに、イチローがオバマを超える法外な年収を得るのは道徳的に正しいといえるかどうか、高額所得者に税金をかけて低所得者に分配するのは正しいかというリバリタニアンの問題、高度教育へのアクセスの基準はどうあるべきか、という話題に移っていき、哲学的な論点を紹介していきます。
 前半はここで終了。 
 ここまでは、彼の今までの授業内容や、著書の内容のまとめのような感じでした。

 さて、後半。ここからが本番でコミュニティの話題です。
家族の中で殺人をするならずものが出た場合、彼を家族として擁護すべきかどうか。これは家族は擁護すべき、という意見が多かったようです。
 次に、では日本人は、日本人を特別扱いすべきか。例えば、日本人とそれ以外のどちらかしか助けられないとき、日本人を優先することは道徳的に正しいか。個人的には同胞を優先したくなる気持ちはありますが、サンデル教授は、コミュニタリアン(コミュニティを優先する立場)が行き過ぎると差別や偏見に繋がりやすいと指摘しました。確かに、差別や偏見の一歩は「あの人理解できない」「あの人私達と違う」だもんね・・。
 さらに、コミュニティの責任は世代を超えて受け継がれるべきか、という命題を
「日本は太平洋戦争でアジアに被害を出した責任を、次世代の我々が引き継いで謝罪や賠償の責任を(道議的に)負うべきか否か」という話題で取り上げました。韓国からの留学生も参加しています。
 当然、次のような軸でディベートは白熱しました。
 「前世代の責任を引き継ぐべきではない。我々は生まれる場所は選べないので、道義的な責任まで負う必要は無い。前世代の責任は前世代で処理すべき」V.S.
 「コミュニティの負う責任は、世代を超えて引き継がれるべきものである。特に太平洋戦争は生々しい記憶なのだから、許してもらえるまで謝罪と賠償をすべきである」

 結構意外だったのは、若い世代で、「日本は悪いのだから謝罪と賠償すべきだ」という論調が多かったことです。戦争中はどの国もひどいことをしているけど、特別日本が悪かったという話になるのは教育のせいかな?それに謝罪を続ければ許して忘れてくれるというのは甘くて、謝罪し続ければ忘れないし、被害者意識が強固になって決して許さないと思うんだけど。特に国と国では。
 なんてつい僕も思ったほどなので、議論がかなり感情に振れそうになりましたが、サンデル教授はそこを切って、本質論に戻してくれました。ここはさすがのファシリテーション能力でした。
 さらに議論は「オバマは原爆投下について日本に謝罪すべきか」という方向に発展します。広島出身の学生が「コミュニティの責任は世代を超えるから、謝罪すべきである」という立場で参加すると、サンデルは「オバマと日本のリーダーは双方が謝罪すべきだと思わないか」と投げかけます。すると、彼は「謝罪すべきである。ただし、歴史認識を整理してからが前提だ。現在は戦勝国の立場で歴史認識がなされており、かならずしも公正といえない。そこから始めるべきだ」と発言して拍手を浴びていました。

 サンデル教授は、答えの見えない難しい問題では、沢山の主張を議論で戦わせ、相互理解をすることが先に進むために重要である。哲学はそのための土台であり、哲学者のものではなく、市民のものである。
という内容で講義を締めくくりました。

 テキストのおさらいから始まり、徐々に現代の大きな問題に切り込んでいく授業の進め方は緊迫感がありました。
 授業で指されたのは学生の方が多く、僕は残念ながら手を上げていても指されませんでしたが、色々と考えさせられました。

マイケルサンデル教授の卓越したファシリテーション能力、解決の難しい社会問題をグローバルな視野で議論するとはどういうことかを学んだのは大きな収穫です。
 こんな貴重な機会をいただき、感謝です。

 もうひとつびっくりしたのは、学生のレベルの高さです。議論に耐える英語能力を持っている学生も多く、また日本語で途中まで議論していても、白熱すると英語に切り替える学生もいて、総じて英語力は高い印象でした。また、多くは自分の意見を理路整然と述べ、ディベート能力も高いように感じました。すげーな。最近のわかいもんわ・・・

そして、こんな授業が、ハーバードにはあるんですね。なんだかトオイメ・・・
 
 サンデル教授の講義は1時間伸びて4時間におよび、その後のグロービスの授業にダッシュで参加するはめになりました。そして、また3時間英語の講義・・。
 
 さすがに疲れました・・。

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