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2008年7月19日 (土)

野茂引退

日本人大リーガーのパイオニアであり、日米両方で卓越した成績を上げた野茂英雄選手が、ついに引退を表明したようですね。

Nomo03052

野茂引退:最後までスタイル貫き(毎日.jp)

http://mainichi.jp/enta/sports/baseball/news/20080718k0000m050158000c.html

日米で201勝を上げましたが、右ひじを2回手術したあとは、球威が落ち、ロイヤルズを自由契約になった後は、獲得に乗り出す球団もなく、引退を決意したということです。楽天にも打診したが、断られたという話もあり、だいぶ力は衰えたんでしょう・・・。野茂ほどの選手でも怪我には勝てなかったみたいですね。

いまや大リーグに行く日本人は珍しくないですが、野茂は別格でしたねー。
おいらが大学生の浮かれまくっているころに、野茂は大リーグで投げ始めたわけですが、日本人が大リーグで通用するなんて夢にも思っていなかった時代で(そう考えるとだいぶ昔ダナ・・)、ハチ公交差点のでかいディスプレイで野茂がドジャースで初めて投げるのを見たとき、「ついに日本人が大リーガーに!」って興奮した記憶があるなー。 そのころは、野茂が登板というのが、ひとつのニュースとして毎度流れていたほどですからね。

野茂がそこで活躍したおかげで、大リーグが日本人選手を認めたし、日本人も大リーグ行きやすくなったんだよねー。パイオニアってすごいよな。

そっけないインタビューのパイオニアでもあったけど(笑

野茂がえらいと思うのは、個人で社会人野球クラブを作ってノンプロの受け皿を作ったり、エイズ撲滅の基金を作ったり、単に自分の野球のみを見るのでなく、広く社会を見渡しながら、必要なことは何かを考えていることですね。

昔の語録を見ると、その慧眼に感心させられます。

http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/f-bb-tp2-20080717-384953.html

◆「僕は、花があるうちにやめるんじゃなく、落ちぶれてボロボロになっても投げ続けようと決めました」(90年10月26日、ルーキーで新人王、MVPなど8冠に輝き)

◆「メジャーは見に来なければ分からない。選手ならば、やってみなければ分からない。日本からもっと選手が来て、大リーグでプレーすることが当たり前のようになればいい」(96年1月23日、ナ・リーグ新人王受賞会見で)

 ◆「金額よりやることに意義がある。チャリティーには何らかの形で貢献したい」(95年8月17日、エイズ撲滅の「K基金」を設立し)

◆「才能ある選手にプレーする場を提供したい。未来のプロ野球選手、メジャーリーガーを数多く育てて野球界を発展させたい」(04年1月22日、NOMOベースボールクラブのユニホームお披露目の席で)

野茂の真骨頂は華々しい戦績より、その後のマイナーに落ちてもあきらめずにがんばりぬく態度だと思います。どんな状況になっても、必ずしも希望が見えなくても、ひたすら信じた道を進んでいくというのは、見ている人にも勇気をくれるもんだなあとおもいました。

あれだけやり抜いて、引退に際してまだ「悔いが残る」っていうのがいいですね。

かっこいいなあ。かっこいい生き方っていいですね。

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