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2006年11月28日 (火)

今の科学で説明できないこと。

”今の科学では説明できないことが世の中にある!”
といわれると、そうだよねとうなずく方も多いのではないでしょうか。

最近、ネットで話題の「水の伝言」を見ました。
http://www.hado.com/
http://www.ne.jp/asahi/aquarius/messenger/books_002.htm
水に「ありがとう」などの”綺麗な”言葉をかけると、綺麗な結晶が出来、「ばかやろう」などの”汚い”言葉をかけると、汚い結晶が出来るという話です。
んなばかな、てなもんですけど、これを学校の道徳の授業で教えている先生がいるということで問題になってます。
これを単なる御伽話として扱うならいいんですけど、科学的事実を装った表現をしているので、真に受ける人が続出しているようなんですね。

そこで、物理学者の方が、啓蒙サイトを作りました。
「水からの伝言を信じないでください」
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/#1
かなり分かりやすく、問題点を指摘しています。
それに対して、なんか噛み付いているサイト
「水からの伝言を信じないでくださいに含まれる科学的に見えて非科学的な部分。」
http://revilog.com/binbou/2006/11/010445.html
正直、後者は屁理屈だけで何が科学的で何が非科学なのか、自分がよく理解していないという印象は免れないわけですが。

でも、日ごろ感じていることについてこの2つのサイトはいろいろ議論してくれてて面白かった。

文頭で出した文言は、宇宙人とか、幽霊とか、超能力といったオカルトについて言及するとき、よく使われます。
たしかに、科学というのは人間が世界を認識するための思考体系で、今までの経験の範囲内での検証しかしておらず、100%真実であるという保証はない。現に最先端の科学では、今までの理論を覆す新発見が起きる時がある。
でも、「今の科学で説明できない云々」という言葉は、軽々しく使っちゃいけないと思うのです。それは現在の科学体系は、過去の無数の学者たちの検証に耐え、技術として社会に還元されて、限りなく真実らしいという無数の証拠があるものだからです。
それを覆すためには、それに相応する客観的証拠を示さなくてはならない。
簡単には、科学論文の実験に求められるのは以下のものです。
・再現性
・統計的有意性

前者は、同じ環境なら、同じ実験結果が再現するということです。そのためには、なるべく実験環境を具体的に明らかにし、追試可能にしなくてはならない。幽霊や超能力が科学として受け入れられないのも、再現性がないからです。
「思い込みジャン?」
といわれたら終わり、というのは科学の遡上には載らないのです。事実、研究で新発見だと思ったものでも、単なる実験ミスや思い違いだったということが山ほどあります。だから、論文は厳しく査定されるんです。
後者は、実験結果というものは、必ずばらつきがあります。そのばらつきを含めても、実験結果に意味があるということを示さなくてはならないということです。だから、同じ実験を何十回も繰り返したりするんですよね。
有意性のある実験結果が得られて初めて議論が出来ます。実験環境、手法、結果を検証し、今までの知識になかったものが得られたとき、「新発見」となるのです。
なので、「今の科学で説明できない」という言葉は、少なくとも科学をある程度勉強するまで使ってはいけない。

それと「宇宙人がいないっていう証明はできないでしょ?」という反論がよくありますよね。これも俗に悪魔の証明といって、「ないということの証明は不可能」なんです。
後者のブログでも言われてましたが、原則的に新しい理論や実験結果を出した人が、専門家との議論に耐えるような客観的な証明をしなくてはならない。そうでないと、反論する人が反証を示すために、貴重な人生時間をいちいち費やさなければならなくなってしまう。新しい、言い換えればリスクの高いことを言い出すひとは、それなりの責任が伴うのです。

でも、「科学は万全ではない」という言葉が独り歩きして、似非科学を信じちゃう人って意外と多いんですよね。そんなに簡単に今の科学を見限らないで欲しい。

「水からの伝言」提唱者の江本勝って言う人、wikipediaによると、プロフィールは物理学者なのに、学生時代の専攻は国際関係論だったらしい。

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