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2006年6月 9日 (金)

ボトムズを作った人とはてなを作った人のインタビューで思ったこと。

ネット上で話題になった、鉄で1/1ボトムズを自作した「なんでもつくるよ」の倉田光吾郎さんのインタビューがwebにありました。
ボトムズを作ってしまった男、語る(NBonlineプレミア)

この人は鍛冶屋さん(?)が本職です。言うことが骨っぽくて昔からいいなーと思ってたけど、このインタビュー読んでみると、ものづくりの心意気が感じられてとてもかっこいい。
下記は一部抜粋

倉田 だからすごいお金があったら、多分どうしていいか分からなくなる。

――それはものを作っている人じゃないと分からない感覚だな、考えたこともなかったわ。

倉田 あとお金が手に入ると、人よりか苦労して金を使わなきゃいけないような気がするし、一番面白いお金の使い方をしないと何かいけないような気がするんですよ。

――それでこれ買ったんですか、この馬鹿でかいスクリーンと映画館そのものの椅子。

倉田 でもこれ、スクリーンが8000円ぐらいですよ。自作したんで。

――映画館の椅子は?

倉田 あれももらい物だしね。

――難しい人だな。自作できるからお金使えないじゃないですか。

倉田 映画館の椅子をもらったから、じゃあ、と、プロジェクターを買って、スクリーンも作ったんですよ。

――逆ですよ、普通。

倉田 でも物が欲しいって、何かをやりたいから物が欲しいというのがやっぱり最初にあって、欲しい物を自分で作れるならそのほうが。

すごくかっこよくないですか?
ホリエモンの対極ですよね。お金なんかちょっとでいい、ほしいものは自分で作っちゃう、という。

家でも車でもなんでも作れちゃうスキルがしっかり土台にあって、基本は自分の欲しいものを自分で作る、他の人が希望すれば対価としてお金を得る、という原点に近いライフスタイルというか。それで哲学がぶれないんですよね。

このボトムズの展覧会は実際に観にいきましたけど、写真なんかよりめちゃくちゃ迫力があってかっこよかったです。
まじ、このスキルは憧れる。自分が子供だったら、鍛冶屋志望してたかも。

もう一つ、同じシリーズで、はてなの近藤社長のインタビューもありました。

はてなの社長が考える"仕事"の意味 
ここでも、とても共感した部分があって、それは以下の部分

あとは、新しいアイデアを出す時には、聞く側は単純な批判ではなくて、対案を出そう、という原則があります。なぜかというと、批判って簡単なんですよ。(中略)
あそこはもっとこういう方が良かったんじゃないかとか、あそこはこういうふうにしたら、ということは言うんだけど、ここがこういうふうに良かったと言える人は少ない。

 いいところを見つけて、言葉にすることは、鍛えないとできない。そういう能力は磨いていきたいなと思いますね。

そういわれてみれば、会社にいると違う部署とか、他の人を批判するのは多いけど、いいところを的確に見つけて指摘する、というのは意外と少ないかも。
なんか、はっと気づかされた記事でした。

倉田さんにしても、近藤さんにしても、地に足がついたとてもいいことをおっしゃるのは、実際にものづくりの現場にいるからかなーと思いました。 自分で実際にモノを生み出しているからこそ、評論家の空虚な言葉ではなくて、実質のある言葉が出てくるのかなあと。

株も金融も、ものづくりが土台にあってこそなりたつ仕組みですからね。人間の経済活動の原点はやっぱりものづくりですよね。

ちょっと自分の職業に自信が持てた記事でした。

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2006年6月 4日 (日)

日の丸半導体ファウンダリ計画挫折

日の丸ファウンダリ構想がスタート前に頓挫したようですね。
日立と東芝とルネサス3社、先端半導体の共同生産計画を白紙に(日経)

先端プロセス投資が莫大になる昨今、日系メーカーがまとまって生産会社を共同立ち上げするという構想事態はとても合理的だと思われたのに、なぜ挫折してしまったのでしょうか。

まあ、NECエレが構想に入らず、東芝が距離を置き始めた時点で理想と乖離してしまっていて失敗の予感を漂わせていたのですがね・・。

それに、そもそも企画会社の構成が複雑です。共同3社のうち、半導体メーカーはルネサス、東芝だけで、日立はLSI事業の大半をルネサス、エルピーダに移管しています。研究部門しか残していない日立がこのプロジェクトになぜ首を突っ込みたがるのか謎です。ルネサスに任せたほうが、企画会社の構成がシンプルになったんじゃないかと思うんですけど・・。

さらに企画会社の社長は、元NECエレクトロニクス副社長の橋本浩一氏です。なぜ、プロジェクトに入っていない会社の元幹部が起用されたのかも謎です。しかも、橋本氏はNECエレの後になぜかライバル会社である日立の嘱託になっており、出身会社との微妙な関係が見え隠れしますが・・。

このプロジェクトには経済産業省も絡んでおり、結局さまざまな方面の意思をまとめきれないうちにNECエレ-東芝協業など世の中のほうが進んでしまい、いいビジネスモデルが描ききれなかったということなんでしょうね。

早めの手仕舞いは、ASPLAの二の舞を畏れてのことでしょう。

しかし、日系メーカーの投資体力の競争力の問題は残るので、業界再編の火種は残ります。
東芝-NECエレ-ソニー連合に対して、残るのはルネサス-富士通-松下連合というところでしょうか。沖電気はどうするんでしょう?
しかし、この絵は、経済産業省が4~5年前に描いていた東芝-富士通、日立-三菱-NEC連合とちょうど逆の結果になってますね。もう、日系メーカーが役所のいうことを素直に聞く時代じゃないということでしょう。

理屈でいえば、日系メーカーの生産部門は統合して投資効率アップ、企画設計部門はそれぞれ特徴のある製品群ごとにファブレスメーカーとして別会社として生まれ変わらせる、というシナリオを立てられるのですが、実際は各社の社風やシステムの問題、技術力の適応の問題、さらに各社のメンツや会社の支配権の取り合いなどさまざまな要素が絡んできてその通りにするのは難しいでしょうね。
ということで、この先日系メーカーがどうやって生き残っていくのか、僕もなんともいえません。

橋本氏は企画会社設立に当たって、雑誌取材に日系ファウンダリ構想について熱く語っておりました。
こういう人材を日の目を見る前に埋もれさせてしまうのも惜しいですね。また復活して日本の半導体業界を盛り上げる活躍を見せて欲しいです。

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